札幌高等裁判所 昭和33年(ネ)284号 判決 1963年11月25日
控訴人 合名会社鈴木商会 外四名
訴訟代理人 塩谷栄一
被控訴人 神田正一
訴訟代理人 土井勝三郎
主文
一、原判決中控訴人合名会社鈴木商会に関する部分を次のとおり変更する。
(一) 右控訴人は、被控訴人から金六二万円の支払を受けるのと引換に、被控訴人に対し、別紙目録第一ないし第三の各建物を引き渡して、その敷地(別図面参照)の明渡をせよ。
(二) 右控訴人は、被控訴人に対し、昭和二六年四月一日から同二九年五月末日までは一ケ月金四三二円、同年六月一日から右敷地明渡に至るまでは一ケ月金二〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。
(三) 被控訴人の右控訴人に対するその余の請求は棄却する。
二、原判決中その他の控訴人に関する部分を取り消す。
被控訴人のその他の控訴人に対する請求は、いずれも棄却する。
三、訴訟費用中、被控訴人と控訴人合名会社鈴木商会との間に生じた分は、第一・二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を右控訴人の負担とする。被控訴人とその他の控訴人との間に生じた分は、第一・二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を各控訴人の負担とする。
四、本判決中、第一項(二)は、被控訴人において金五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
控訴人らの代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
双方の事実上・法律上の主張および証拠の提出・援用、書証たる文書の成立についての陳述は、次に附加するほか、原判決事実摘示(ただし、原告立証中証人和泉匠吉を削る。)におけると同一であるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
一、被控訴人は、大正一四年一〇月九日以来、本件土地および建物を所有し来つたが、昭和二年三月一日、建物だけを訴外式見嘉助および同山脇衡の両名に売却した。昭和一六年四月六日右衡の死亡により同人の本件建物所有権についての持分を訴外山脇マスが相続した。後昭和一七年一〇月三一日右建物共有者両名から訴外佐藤礼次に建物が売却されるに至るまで、被控訴人は右共有者らに敷地たる本件土地を賃貸し、十数年にわたつて地代を徴収していたものである。(従つて、先に、被控訴人の山脇マスとの間に使用貸借が存在した旨の主張を認めたのは、誤つていたから、訂正する。)
二、佐藤礼次は、右昭和一七年一〇月三一日の建物買受と同時に借地権をも譲り受け、山脇マスから引き継いだ地代通帳を持参して被控訴人の承諾を求めたが拒絶されたので、建物買取請求権を取得した。控訴人合名会社は、佐藤から建物および借地権を譲り受けると同時に右の買取請求権者たる地位をも承継したものである。
よつて被控訴人に対し、本件建物を時価金六二万一〇〇〇円で買い取るべきことを予備的に請求する。(先になした予備的買取請求の主張中、佐藤礼次が適法な借地権者であることを前提とする部分は撤回する。)従つて、被控訴人は、控訴人合名会社に対して金六二万一〇〇〇円の建物代金支払義務があるので、控訴人合名会社は、被控訴人に対する建物引渡義務の履行につき、同時履行の抗弁権を提出する。他の控訴人らは、控訴人合名会社の主張を援用する。
三、(被控訴人の時効の主張に対して)借地法第一〇条の建物買取請求権は建物所有権に基くものであるから、時効にかからない。かりに時効にかかるとしても、それは形成権であるから消滅時効期間は二〇年であり、本件時効は前記被控訴人の拒絶時すなわち昭和一七年一〇月三一日から進行を開始したのであるから、買取請求権はまだ時効にかかつていない。
(被控訴人の主張)
かりに被控訴人と山脇マスらとの間に賃貸借関係が成立していた結果、佐藤礼次が本件建物所有権取得に際し、買取請求権をも取得したとしても、右佐藤の所有権取得登記時である昭和一八年一〇月二五日から一〇年を経過した昭和二八年一〇月二四日を以て、消滅時効が完成しており、控訴人合名会社が買取請求の意思表示をしたのは、原審第一回口頭弁論期日である昭和三三年一〇月一五日であつて、右の時効完成後であるから、本訴において、右の時効を援用する。
(証拠関係)
被控訴代理人は当審証人大友春陽の証言および被控訴本人の当審における本人訊問の結果を援用した。控訴人らの代理人は、乙第三・四号証を提出し、当審証人佐藤礼次、同鈴木ウノ、同鈴木重一の各証言および鑑定人藤田三郎の鑑定の結果を援用した。被控訴代理人は右乙号各証の成立を認めた。
理由
一、本件土地が被控訴人の所有に属すること、控訴人合名会社鈴木商会が右地上に本件各建物を所有することは当事者間に争いがない。進んで、右控訴人の主張する占有権原について案ずるに、右控訴人が訴外佐藤礼次から本件建物所有権を譲り受けたことについては争いがないが、右訴外人が被控訴人に対して主張しうる借地権を有し、右控訴人がそれを譲り受け、かつ被控訴人がこの借地権譲渡に承諾を与えたとか、被控訴人と右控訴人間に新たに借地契約が結ばれたとか、の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。また、本件請求を権利の乱用と疑わしめるに足りるような間接事実も認められないから、権利乱用との主張も容れることができない。
二、そこで、控訴人らの主張する控訴人合名会社の買取請求権行使の効果について考察する。
原審および当審における証人佐藤礼次の証言ならびに当審における被控訴本人の供述によれば、被控訴人は、山脇マスの父である山脇衡に昭和二年本件建物を売却し、その後マスが相続して昭和一七年佐藤礼次に売却するに至るまで、山脇家から地代名義の金員を受領すること一〇年以上にわたつたことが認められる。そして、この事実から、山脇マスと被控訴人との間には借地関係が成立していたことを推認できる。(被控訴本人は、右は元来借金の利息であり、単に地代名義を仮装したに過ぎぬ旨供述しているが、その期間の長さ等に徴し、措信することができない。)また、成立に争いない甲第一号証、同じく乙第三号証ならびに前示佐藤証言および被控訴本人供述により、佐藤礼次は昭和一七年一〇月本件建物の取得に伴う借地権の譲渡につき被控訴人に承諾を求めたが、拒否せられたことを認めることができる。従つて、佐藤はその当時被控訴人に対し、借地法第一〇条に基く建物買取請求権を取得したといわねばならない。そして、この建物買取請求権者たる地位は、控訴人合名会社が佐藤から本件建物所有権を譲り受けると同時に、同控訴人に承継せられたものと解すべきであるから、本件における同控訴人の被控訴人に対する買取請求権の行使は適法である。もつとも被控訴人は、その時効消滅を主張するのであるが、借地法第一〇条に規定せられる建物買取請求権は形成権であるので、民法第一六七条第二項により二〇年の消滅時効にかかるものと解すべきところ、控訴人合名会社訴訟代理人がこれを行使したのは、昭和三二年一〇月一五日(原審第一回口頭弁論期日)であるから、まだ時効消滅していなかつたこと明らかである。ちなみに、右原審第一回口頭弁論期日における買取請求権行使の主張においては、佐藤礼次に適法な借地権の存したことを前提として、控訴人合名会社が本件建物所有権取得後、被控訴人の借地権譲渡の承諾拒絶により新たに同控訴人に買取請求権が発生したものとして主張されたのであるが、前認定のように実は佐藤礼次からこれを承継したものであつても、買取請求権の実質は全く同一であると解すべきものであるから、本件における建物買取請求権行使の効果は、前示日時に発生したものと解される。
三、よつて、控訴人合名会社に対する請求の当否について判断する。
一般に、土地所有権に基づく地上建物収去および土地明渡の請求は、建物所有権が土地所有者に移転した場合における地上建物引渡および土地明渡の請求を包含するものと解すべきものである。故に控訴人合名会社に対する被控訴人の建物収去・土地明渡の請求は、本件建物引渡および土地明渡の範囲内で理由があり、これを認客すべきであるが、これを越える部分は理由がなく、棄却すべきである。しかしながら、一方において、控訴人合名会社の買取請求権行使の結果、被控訴人は同控訴人に対して行使の当時における建物の時価相当の代金を支払うべき義務を負つたわけである。そして、鑑定人藤田三郎の鑑定の結果(昭和三四年五月当時の建物時価に関するもの)を参酌すると、行使当時における本件建物の時価は金六二万円と認めるのが相当である。而して、建物引渡と右代金額の支払とは同時履行の関係にあるところ、控訴人合名会社は右の抗弁権を主張しているから、前記被控訴人の請求は、右代金額の支払と引換に認容せらるべきである。
次に、損害金請求について安ずるに、控訴人合名会社は、前記買取請求権行使の時までは、建物を本件土地上に所有することによつて本件土地を占有していたわけで、これは被控訴人に対する関係で不法占有となることは明らかである。右行使の時以後においては、所有権は被控訴人に移転し、同控訴人としては単に建物を被控訴人に引き渡すべき債務を負担するに過ぎず、しかも買取代金の提供を受けるまでは引渡しを拒み得るのであるから、不法占有とはならないが、しかし、そのことから進んで、同控訴人が本件土地を無償で占有使用ないし用益する権原を有するということにはならず、地主である被控訴人の土地利用を妨げている限りにおいて建物敷地の地代相当額は、不当利得として被控訴人に返還すべきものである。(この際、建物賃借中の他の控訴人らがその賃貸借を以て被控訴人に対抗しうること後段説示のとおりであるけれども、民法第五七五条第一項の適用上、他の控訴人らの家賃を収受する権利は、建物の引渡しが済むまでは、従前どおり控訴人合名会社に属し、被控訴人にはその権利の存しないことを考え合わすべきである。)そして、被控訴人の損害金請求は、この意味における不当利得金返還請求の趣旨をも包含すること弁論の全趣旨から明らかであるから、控訴人合名会社は、被控訴人に対し、不法占有による地代相当損害金ないし不当利得による地代相当返還金を支払うべきものであるところ、右地代相当額が、昭和二六年四月一日以降昭和二九年五月三〇日までは毎月金四三二円、同年六月一日以降は毎月金二〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。従つて、同控訴人に対し、昭和二六年四月一日以降昭和二九年五月三〇日まで毎月金四三二円の割合、同年六月一日以降建物引渡による敷地明渡済みまで毎月金二〇〇〇円の割合で、金員の支払を求める被控訴人の請求は理由があるといわなければならない。(なお、弁済供託の効果についての判断に関しては、原判決理由末段の説示と同一であるから、これを引用する。)
四、進んで、その他の控訴人に対する請求について判断するに、これらの控訴人らがそれぞれ被控訴人主張の建物ないし建物の一部を使用し、よつてその敷地を占有していることは、当事者間に争いがない。
しかしながら、右の建物の使用が、それぞれ控訴人合名会社との建物賃貸借契約に基づくものであることは控訴人らの主張するところであり、被控訴人はこの事実を明らかには争つていないのであるから、これを自白したものとみなす。そうすると、前示買取請求権行使の結果、建物所有権が控訴人合名会社から被控訴人に移転しても、その他の控訴人らは、借家法第一条により、各自の建物賃貸借を新所有者である被控訴人に対抗し得、従つてそれに必要な限度での敷地の使用を継続しうることとなるから、被控訴人の控訴人らに対する建物立退・土地明渡の請求は理由がない。
五、以上を総合して、原判決中、控訴人合名会社に関する部分は、一部失当であるから、これを前記の如く変更することとし、その他の控訴人らに関する部分は、失当であるから、これを取り消して、右控訴人らに対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 臼居直道 裁判官 倉田卓次)
目録
第一 室蘭市輪西町二〇〇番地
家屋番号 同町第七八四番
一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平家工場 建坪 二八坪(実測五一坪三合五勺)
第二 同上番地
家屋番号 同町第七八四番
一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋居宅 建坪 三二坪五合(実測二五坪五合)
第三 同上番地
家屋番号 同町第七八四番
一、木造亜鉛鍍金鋼板葺平家工場 建坪 三三坪(実測四〇坪五合)